アフリカでは、労働社会における心理的安全性(Psychological safety)の欠如が、企業のアジャイル移行において障害になっている。心理的安全性は弱さゆえの行為ではなく、成功要因なのだ。心理的安全性を理解しない、あるいは促進しようとしない企業は、VUCAの時代を生き残ることを難しく感じるようになるかも知れない。
企業の人々を指導するアジャイルコーチのEliana Philip-Amulum氏は、Agile Consortium Belgium 2021カンファレンスで、アジャイルトランスフォーメーションにおいて心理的安全性の果たす役割について講演した。
アフリカでのアジャイル採用にはいくつかの課題がある。経営幹部たちが変革を受け入れないことが、アジャイルの導入を困難にしている、コンセプトは認めるのだが、アジャイルの価値や思想を受け入れる心構えができていないのだ、とPhilip-Amulum氏は言う。また、文化やある種の伝統的価値観も職場へのアジャイル導入を妨げている、とも指摘する。
やる気のない卑屈な社員たちが、自らの仕事やタスクに対する怠慢が明らかになるのを恐れて、アジャイル導入を妨害しようとするのです。
心理的安全性とは、恐れのないことであり、リスクを取って新たなことやアイデアを試す能力であり、アイデアを共有しアイデアに挑戦する自由である、とPhilip-Amulum氏は説明する。それがアジャイルの価値と原則を成り立たせ、アジャイルトランスフォーメーション(agile transformation)へとつながるのだ。
Timothy Clark博士によれば、"心理的安全性は、あらゆる社会的環境における人的交流の潤滑油として、個人や組織の可能性を解放する役割を果たす"のである。Philip-Amulum氏はこれについて、海でサーフィンをするサーファの勇気をメタファとして使用する。
- 勇気は、社会的安全性である
- 波をサーフィンする行為は、アジャイルトランスフォーメーションである
- 波はVUCA、新しい/高度なテクノロジ、顧客要求などである
アフリカの人々は、年長者や目上の人に対する畏敬の念(年長者や目上の人に異議を唱えない)など、伝統的な価値観を強く持っており、これが職場における心理的安全性の妨げとなっている可能性がある。それでも変化は可能だ、とPhilip-Amulumは訴える。
不可能に思える時もありますが、クリスチャンとしての私の価値観や原則が、不可能なことは何もない、と私に教えてくれるのです。人を変えることは不可能だという人々もいますが、そんなことはありません。それは単に、変化のための"触媒"がまだ訪れていないだけなのです。パンデミックが仕事のやり方に変革をもたらして、リモートワークが増加したのはその一例です。
企業が変革するために"触媒"を待つ必要はない、価値観や原則がアジャイルトランスフォーメーションに向かうのであればなおさらだ、とPhilip-Amulum氏は結論付ける。
Eliana Philip-Amulum氏に、アフリカでのアジャイル採用に伴う課題と、それに対して心理的安全性が果たす役割について聞いた。
InfoQ: アジャイル採用における課題は、アジャイルの成功やアジャイルのもたらすメリットにどのような影響をもたらすのでしょう?
Eliana Philip-Amulum: マイナスの影響があります。パフォーマンスやイノベーションを徐々に蝕むのです。もちろん、アジャイルトランスフォーメーションはほとんど、あるいはまったく不可能になります。
その一例として、私がかつて所属していたある企業では、アジャイル採用前に人事部が開催した無償のアジャイルワークショップに参加した社員らが、ウオーターフォールからアジャイルへの変革を歓迎していました。(上級管理職のアイデアではない)自分たちの共有するアイデアをアプリやプロダクトとして具体化できる環境、管理職にプロダクト開発の邪魔をされない仕事場。長々としたミーティングは短縮されるか廃止され、報告書は少なくなり、クロスファンクショナルなチームが構成されて、ビジネス開発チームと開発者との間のコミュニケーションやコラボレーションが増えることを喜んでいたのです。これらすべてが社員にアジャイル採用を受け入れさせ、プロダクト開発に導入されることのメリットへの期待を高めさせました。
しかし、残念なことに、チームへの権限移譲は行われませんでした — 経営陣がチームを信頼していなかったのです。彼らはアジャイルの価値観や原則のすべてを受け入れることはしませんでした。当然の帰結として、心理的安全性は失われたのです。指揮統制型のリーダシップのため、社員には発言権がなく、経営陣の現状に異議を唱えることできるのはごくわずかでした。
その企業のアジャイル採用から1年間の社員の離職率は、アジャイルを導入する前の5年間に比べて20パーセントも高くなったのです。
InfoQ: 心理的安全性を促進するためにできることは何でしょうか?
Philip-Amulum: "ハリケーンVUCA"が上陸する前に、経営陣や人事部に対する何らかのオリエンテーションが必要です。私はスクラムマスタ、プロダクトオーナ、およびそのチームを対象とした計画を立てて、スクラムマスタを対象としたワークショップの支援をしました。
エンタープライズアジャイルコーチはまず最初に、根本原因の評価を通じて、企業における心理的安全性のレベルを評価しておく必要があります。自己管理や感情的知性といった、心理的安全性を育むことの可能なトピックを題材として、リーダ向けワークショップを進めていくのです。こういったワークショップやコーチングセッションをリーダシップチームだけでなく、企業内の全チームを対象に実施します。リーダ層の心を動かすことで、企業内の人々に影響を与えることができればベストです。仕事に関しては、心理的安全性を促進するツール<がGoogleにあって、マネージャがチーム内で使用したりカスタマイズしたりすることができます。
Army Edmondson氏は著書"Fearless Organisation"の中で、心理的安全性を構築するためのリーダ用ツールキットを公開しています。
1. ステージの設定 — リーダとして、相互依存性や不確実性、失敗、間違いに関する期待値をいくつか設定し、社員の企業に対する発言権が必要であることを説明します。課題を特定し、なぜ、誰にとって問題なのかを説明しましょう。
2. 参加への招待 — ギャップを把握し、質問し、積極的に耳を傾け、中断を回避して意見投稿用にフォーラムを作ります。社員は発言することが可能であり、それは企業にとって重要なものである、という自信の確立を支援します。
3. 生産的な対応 — 表彰し、感謝の意を示します。間違いや失敗を歓迎し、主たるテーマについて議論し、ブレインストームすることで学びます。支援を提供し、支援することを喜びとします。リーダは謙虚な考え方を示さなくてはなりません。
私はLeader's Tool Kitをチームレベルで試して、その効果を確認しました — チームが自ら作成したマイルストンに対して、フィードバックを継続的に提供さえすればよいのです。問題になったのはリーダ、特に経営層が自身のリーダシップスタイルを変えようとしないことでした。そして私が辞めた時、安心感の逆転が起きて、先程述べたような社員の離職率上昇が起きたのです。
Agile Peopleの"Psychological Safety Game"は、アジャイルチームの職場における心理的安全性の促進にも有効です。達成に何年も要する継続的なプロセスですから、完遂までポジティブな気持ちでいることが大切なのです。