英国政府のディジタルトランスフォーメーション(digital transformation)は2つのメリットを実現した — 行政サービスのデザインにユーザニーズが考慮されたことで、市民は必要な情報やサービスをより早く入手できるようになり、サプライヤは、現代的なアジャイル手法で政府に協力することが可能になった。ユーザと直に接することで、プロダクトをより良くするためのチームのモチベーションも向上した。
Public DigitalのパートナであるJames Stewart氏は、Agile Summit Greece 2018で、英国政府のディジタルトランスフォーメーションについて講演した。InfoQではこのイベントを、要約や記事、Q&Aなどで報告している。
ディジタルトランスフォーメーション は、“ディジタルが基本(digital by default)”の“基本”に当たるものだ。オンラインチャネルをオプション分野にするのではなく、インターネットの文化やプロセス、プラクティス、テクノロジを、サービスの構想と提供の中心に置くことにより、英国政府の政策形成、市民ニーズの理解、パフォーマンス評価の方法は大きく変わった、とStewart氏は言う。
政府のトランスフォーメーションにより、英国で、さらには世界で最も前時代的な存在と言える、英国の公益法人や公務員に対して、ディジタル的な業務によって政府が達成できることへの期待感を高めることができた、と氏は主張する。
InfoQはStewart氏にインタビューして、この変革を革命的にしたものは何だったのか、最も大きな課題は何であって、それにどう対処したのか、ディジタルトランスフォーメーションがもたらしたメリットと教訓は何か、などを聞いた。
InfoQ: 講演のタイトルに“発展ではなく革命(Revolution NOT Evolution)”である、とありますが、ディジタルトランスフォーメーションを革命にしたものは何だったのでしょう?
James Stewart: このタイトルは、Government Digital Service(GDS)創設の発端となった、2010年のMarha Lane-Fox氏によるレビューから引用したものです。そこで提示されたビジョンは、政府をサービス文化にシフトするというものです。具体的には、官僚構造より市民のニーズを優先すること、現在の政府を形作っている19世紀的なプロセスに代えてインターネット時代の業務方法を受け入れること、この2つです。
InfoQ: 最も大きな課題は何であって、どのように対処したのでしょうか?
Stewart: 政府内では6年間働きましたが、作業が進むにつれて課題も変わっていきました。当初、最も大変だったのは、“実施したプロセス数”の定義に関する思い込みに対抗する方法を学ぶことでした。どんな組織であっても、設立されてから時間が経ち、仕事のやり方が確立すると、それを導入した理由を離れて独り歩きを始めてしまうことが少なくありません。単なる基準であったものが“ルール”と見なされるようになるのです。私たちはその違いを理解して、そのようなルールに対処し、コアとなる原則に到達できるようにしなくてはなりませんでした。
例えば、面接では技術的な質問をしてはいけない、求職者の話した内容について詳しく聞くのは定例に反している、と言う人もいました。求職者全員に自身を証明する平等な機会を提供し、一貫性を持ち、よい記録を残すという確信があなたにある限り、そうではないはずです。私たちは調査で実績を上げることで、このような指摘を退けて、(極めて賢明であることの多い)原則に妥協することなく、プラクティスを変えることができました。
一方では、時間が経過するにつれて、政府の資金調達やガバナンス、権力構造にもっと大きな問題のあることが明らかなってきました。このようなシステムの大きな部分に対処しなくても、よりよいサービスの提供や技術の向上、新たなスキルの導入といった目的を果たすことは、ある程度までであれば可能です。ですが、インターネット時代の仕事の方法によるメリットを真に実現したいのであれば、システム上の問題はどこかの時点で正さねばなりません。本当の抵抗に合うのは、人々が自らのキャリアを守ろうとして行っていることを変えようとする時なのです。私たちは、そういった問題とはある程度の距離を置いています。GOV.UK PayやGOV.UK Notifyのような共通プラットフォームの成功がそれを証明していますが、さらに深い制度改革を行なう必要があります。
InfoQの記事“Agile in the UK Government - An Insider Reveals All”では、著者のNick Tune氏が、フロントエンドチームにとって最も大きな問題は、システム全体がエンドツーエンドで評価されていないことだった、と述べている。
経験から言うと、ディジタルとIT部門との衝突の最たるものは、GDSにバックエンドシステムについて検討する姿勢がまったく見えなかったことです。彼らはディジタルチームに対して、ユーザを重視したアジャイル手法でWebサイトを構築し、コードをオープンソースとして公開することを期待しましたが、バックエンドを一手に管理しているITチームには、同じ基準を適用しているようにはまったく思えませんでした。ユーザが不満を持っていたにも関わらず、ディジタルチームがアドレス欄にテキストボックスひとつを追加することさえできなかった政府プロジェクトもありました。バックエンドITチームが多忙過ぎて、何も変更できなかったのです。
InfoQ: 英国政府のディジタルトランスフォーメーションには、結果的にどのようなメリットがあったのでしょうか?
Stewart: 表向きとしては3年間で41億ポンドの節約をしたことですが、これは実は、もっと深いメリットを目標とすることで達成できたものなのです。何百万という人たちが、必要な情報やサービスを迅速に入手できるようになりました。ユーザが望むものを必要な時に必要な方法で提供し、継続的にサービスを改善する、横断的なチームが政府に存在しています。現代的なアジャイル手法で政府に協力することのできる、まったく新しいサプライヤが存在しています。
Tune氏はInfoQの自身の記事で、ユーザのニーズの重視を保証する上で何が行われているのかを説明している。
英国政府内のITプロジェクトは、GDSの承認した形式に従わなくてはなりません。 ライフサイクルの各フェーズでは、チームが自分たちのユーザが誰なのか、何を求めているのか、そのニーズに対して構築中のシステムがどのように応えようとしているのかを、GDSに対して自らが示す必要があります。
InfoQ: ディジタルトランスフォーメーションを通じて、どのようなことを学びましたか?
Stewart: たくさんの教訓がありました!有志の数名が、より高いレベルの教訓の文書化に取り組みました。その成果は一冊の本 -- Digital Transformation at Scale: Why the Strategy Is Delivery -- になっていますが、そこに書き切れなかったものもたくさんあります。
しかしながら、その中で一番に挙げられるのは、目的とユーザニーズに注目し続けることの重要性です。技術者やアジャイル実践家である私たちには、技術の改善やプロセスの単純化に目を向ける傾向があります。一歩退いて、それらがそもそも何のためにあるのか、あるいは自分たちの行なっている変革が正しいのか、と自問することを忘れがちです。
私はこれまでに、アジャイルに移行するための適切なステップを踏みながらも、依然としてチームのモチベーション維持に苦労している、数多くの大企業のチームと話をしました。彼らの多くに欠けているのは、ユーザに直に接することなのです。エンドユーザであろうと社内ユーザであろうと、プロダクトをよりよいものにする動機付けになるものとして、そのプロダクトのユーザ以上のものはありません。
それ以外で、私が最近長い時間を費やしているのは、継続的デリバリ環境での財務的な作業がどのように行なわれているか(あるいは、いないか)を見ることです。その結果をまとめたAWS Instituteの資料 -- Budgeting for Change -- は、真の学際的アプローチの重要性を改めて感じさせてくれます。公共セクタの財政専門家とも話しましたが、学ぶべきものが大いにありました。革命的な変化には、私たちが何かを行う方法にあらゆる角度から関わることが求められます。可能な限り広範な視点とスキルを適用できるチームと、常に共にあることが必要なのです。
InfoQではこれまでにも、英国政府のクラウドやDevOps、アジャイル、オープンソース開発の導入状況、および雇用年金部門でのDevOpsについて調査した記事を公開している。
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