“最良のアーキテクチャ・要求・設計は,自己組織的なチームから生み出される” – アジャイルソフトウェア開発宣言(Agile Manufesto)の一節です。ここからは,いくつかの疑問が生じます – 自己組織的なチームとは何なのか? なぜ必要なのか?どのような違いがあるのか? 自己組織化をサポートするにはどうすればよいのか? この特殊なチームワークの実現を促すには,どのような方法があるのだろうか?
“自己組織化チームとは何なのか”,&ldqut;自己組織化を効果的に支援するにはどうすればよいのか” ということを扱った資料は,意外なことに,それほど多くありません。組織開発コンサルタントのSigi Kaltenecker氏とアジャイルコーチのPeter Hundermark氏は,2014年後半にInfoQより出版予定の “Leading Self-Organising Teams” という小冊子を執筆中です。
この記事はそのトピックと読者を結ぶ,一連の記事の2回目になります。“自己組織化とは何か?” から始まったこのシリーズで,今回は “なぜ自己組織的なチームが必要なのか?” に注目します。最後となる3回目の記事では,“優れた自己組織化チームとは何なのか?” を取り上げる予定です。
自己組織化チームはなぜ必要か?
1980年代以降の私たちは,大変な数の変化を経験してきました。
- ソ連と東欧諸国ブロックの終焉など,政治的な変化
- 多くの国における移住者の増大や教育水準の向上など,社会的な変化
- 平均寿命の向上や西半球での出生率減少のような,人口構造の変化
- 地球温暖化と気候変動を主な要因とする,生態系の変化
- 医学や生物学,通信技術,”デジタルネイティブ”と呼ばれる新世代の誕生といった,技術的な変化
- 株主価値の横行,いわゆるBRICS国家の興隆,2008年の世界的金融危機といった,経済的な変化
これらすべての変化からは,新たな要求が生まれています。もはや組織には,これらの要求に応じるかどうかを選択する余地はありません。変化は避けられないのです。現状にしがみつこうとするのは,秋の紅葉を木に留めようとするようなものです。組織が成功するためには,十分なリスク対応を行うことと,変化と同時に訪れる機会を利用することが必要です。言い換えるならば,マーケットの現在の要求に遅れず付いていく,理想的には少し前を行くことが求められるのです。しかしながらそれには,マーケットのこの予想できない動きは,あまりにも不都合過ぎます。今日“トップ”だったものが,明日は“どん底”にもなります。昨日の成功要因が一夜にして,厄介な荷物になることさえあり得るのです。
21世紀的な組織運営の成功のためには,“ビジネスアジリティ” が新たなマントラになっています。改善と改革がすべての組織ユニットにとって必須なものになってから,久しく経ってます。与えられた機会を利用して新たな可能性を見付け,競争力に磨きをかけなくてはなりません。
自己組織型アジャイルチームは,このような問題の多くを解決できる,奇跡のソリューションの一種と思われています。
- よりよい結果を得られる
- より多くのビジネス価値を提供できる
- マイクロマネージなチームよりも効果的なコラボレーションが可能である
- 習得が早い
- モチベーションを持って楽しく作業できる
- これら以外にも,やりがいがある
自己組織化チームに対して多くのマネージャは,自分の願望を投影しようとします。しかしながら,彼らは重要な点を見落としています。すなわち,自己組織化チームはマネージメントに対するものであるだけでなく,チームのものでもあるのです。従来のコマンド・アンド・コントロールのマネージメントが機能不全に陥っているという事実は,同時に,さらなるアジリティの必要性も助長しています。息の詰まるような官僚主義,窒息しそうなコントロールシステム,計画とパフォーマンス管理という空虚な儀式などは,反機能的な症状の一部です。
Deloitte Center for the EdgeのShift Indexなど最新の研究によると,本当にやる気を持った社員は5人中の1人に過ぎません。モチベーションや情熱に欠けるのが75%,自身のポテンシャルをフルに発揮しているのはわずか15%というのです。さらには,変化を目指した活動が意図した目的を達成できない,という事実によって起きる,“変化疲労” の増加もあります。義務として行う業務よりも,このように自主的な活動の方が,むしろ結果的に “もう止めよう!” という姿勢につながりやすいのです。総合的な数値は分かりませんが,さまざまなサンプル調査からは,この種のプロジェクトの60~80%が失敗に終わっていることが示されています。
失敗率がこれほどにも高い理由はさまざまです。透明性の欠如,同時に着手する活動の数が多すぎること,実行主体の権限不足,フィードバックループの欠如,そして見逃してならないのが,詳細なプロジェクト計画や事前設定されたマイルストン,明確な結果予測などといったものに対する執着です。私たちを取り巻くこのような混乱のすべてが,私たちの計画や予測を嘲るのです。まさにMeg Wheatley氏の訴えるように,“古い地図を持って新しい世界の旅はできないことに気付くべき時”なのです。
どのような変化が必要なのかをさらに理解するため,前世紀には一般的であった組織パラダイムを描いたマップを,現代的な視点で見てみましょう(表1)。
20世紀 |
21世紀 |
機能集中とサイロとしての組織 |
システム全体としての組織 |
予測可能な因果関係 |
複雑なネットワーク網の関係 |
中央による調整管理が必要 |
自己組織化と自己規制による分散プロセス |
階層と官僚的構造 |
リーンネットワーク |
主に株主利益を重視 |
すべての利害関係者にバランスよく配慮 |
短期的利益を重視する運営 |
継続的な改善と革新を通じた長期的な成功を重視 |
プロジェクト主導の受け身的な変化 |
継続的かつ適応的なものとしての変化 |
表1: 組織のパラダイム
この表は,Russell Ackoff氏が25年以上前に概要を示した,機械論的な発想とシステム的な発想の主な違いをまとめたものです。多少対立的過ぎる部分もありますが,従来的と将来的なリーダシップの体系的なコンテキストの要点をよく表しています。管理と指導に関する,この2つの大きく異なったモデルの基本にある価値と原則には,次のような組織的なパラダイムが大きく反映されています – 機能的組織と全体的組織,直線的因果と複雑性思考,管理と継続的イノベーション,株主価値と全利害関係者の関心,要件としての変化とすべてのビジネスの中心的推進力としての変化。
このように,かつての標準的なビジネスプロセスにおける組織管理者には,ハイパフォーマンスなチームの組織を設計者となることが期待されます。明確な目標の設定,意思決定モデルの確立,リソースの解放などもこの一部です。そこで問題となるのは,機械論的なパラダイムの原則と価値が今もなお,多くの場所に残っていることです。学校で昔教えられていたマネジメントプラクティスに,今でも従っている組織はたくさんあります。さらに悪いことには,大学の教育概念もそうなのです。私たちを取り巻く新たな課題とは無関係に,従来型のMBAがいまだマネージャの重要な資質と見られています。
しかし,現在の課題に対処するために本当に必要なのは,果たして経営管理なのでしょうか? 高い影響力を持つBeyond Budgeting Round Tableの創設者であるJeremy Hope氏とRobin Fraser氏によれば,“今日の組織の大部分において,成功要因は以前とは違いますし,その戦略も変化しています。しかしながら管理プロセスやリーダシップのスタイル,文化がそれに追いついていません。”
ここにひとつの疑問が生じます – では,未来志向のリーダシップモデルとは,一体どんなものなのでしょうか? 目前にある課題に対応するには,何が必要なのでしょう? 効率性に優れた自己組織化チームを,21世紀における成功の鍵であると私たちが考える,その根拠はどこにあるのでしょうか? 自己組織化を妨げるのではなく,サポートするためには,どのような価値観やスキル,テクニックが必要なのでしょう? こういった疑問に対して過去10年間,数多くの回答がされてきました。さまざまな文献や私たち自身のコンサルティング経験から,私たちはいくつかのテーマが繰り返されていることに気付きました。
- 時代遅れとなった指揮統制モデルから,組織全般にわたる協調の必要性という観点を失うことなく,自制心を尊重する現代的な文化へと移行する。
- 専門知識を最適利用するため,さらには環境的なダイナミクスに対処するため,従来の階層的管理構造に並んで,ネットワーク指向のリーダシップの新しい形が登場する。
- マネージャが人々と行動の両方を引き続きコントロールして,メンバの自由を制限し,自分の周りでの変化を抑圧しようと試みても,それは結果として,その組織の生存を危うくする条件を作り出すに過ぎない。
- 自制心を重視することは,十分に訓練された知識作業者の能力に敬意を示し,それを効果的に利用ないし活用するための唯一の方法である。
- 視覚的マネジメントを採用して俯瞰的な視野を持ち,迅速なフィードバックと最適なパフォーマンスメトリックを確立しつつ,非集中的な意思決定を促進することが,チームの協力関係の向上と内発的モチベーションを実現するための確実な手段である。
- 集中的な“ヒーローによる管理”,すなわち,ひとりのスーパーディレクタないしキャプテンというロールモデルは,成熟した人間関係と迅速なフィードバックループを基盤として明確に構築された,非集中的ないしポストヒーロー的な "チームスポーツとしてのリーダシップ” に移行する。
純理論的というには程遠い私たちの古い地図は,機能不全な動作をするソースコードのようなものです。組織上の問題を数限りなく引き起こす根本原因であるだけでなく,極度の意欲喪失をも生み出します。風車との戦いに疲れ切った結果としての離職やバーンアウトの増加が,キープレーヤーの喪失につながることも少なくありません。これは企業として到達すべきものと,メンバが実際に取り組みたいものの間に,明らかなギャップがあることによります。企業の平均的な存続年数が20年未満であるというのも,こういったことを考えれば不思議ではありません。その傍らでマネージャたちは,根本的なパラドックスの黙認を強いられています。彼らはそれぞれが,自分たちではコントロールできないような,複雑な社会システムの挙動に責任を負わされているのです。混乱する環境の真っ只中にあるマネジメントは必然的に,あまりにも大きな不確実性や非予見性,リスクへの対処を求められることが少なくないのです。
複雑性の量の多さを考えれば,ひとりで適切に対応することが可能なはずもありません。精神的なオーバーロードは必須です。一定の比率で処理できればよい方で,最悪の場合には,その行動も判断もまったく無計画になってしまいます。”~的管理“といった手法では,いかにそれが科学的アプローチを装っていたとしても,この結末を避ける役には立ちません。社会システムをコントロールする困難さを受け入れなければならないのです。組織の指導管理者というよりもマネージャは,むしろ諺にある,象の鼻にまとわり付くハエのようなものです。ハエは自分が象を操っていると思い込んでいますが,象の方ではまったく気にしていません。それがまた,旅を面白くするのではありますが。
内部と外部いずれの要因からも,組織の運用方法を変更することの必要性は明らかです。よりアジャイルになるためには,ユーザにより近い人たちに,さらに権力と権威を移転する必要があります。 彼らを信じて情報を託し,考え,学び,改善する時間を与えなければなりません。同時に,もし構造的コストや官僚主義がなくなっていなければ,それらを分解し,削減することも必要です。そのためのキーワードは“リーン”です。
これら目標を達成する方法はただひとつ,チームに力を与えることです。仕事に留まらず,自らを管理監督し,自分たちで意思決定を行い,さらにプロセスの設計にまで,彼らが持つすべての経験を活用できるようにしなければなりません。ごく普通の敬意に関する問題とも言えます。Drucker氏が30年前に指摘したように,IT専門家などの知識労働者には自立性が必要なのです。私たちの経験からいえば,これは個人の問題だけではなく,チームのトレーニングや組織的な変化にも関わる問題です。ここにおいても,自己組織化は一夜にしては成りません。この自己組織化のコンテナは依然として,絶えることのないマイクロマネジメントの妨害やワークデザインの欠如など,さまざまな方法による制限を受けています。自己組織化のプロセスを活用するには,根本的な変化が必要なのです。もしも効果的な権限付与を,能力を乗数とした自由の方程式と見ることができるならば,新たな習得と古いパターンの破棄の両方が必要です。
この方程式は私たちに,自己組織化が技術的プロセスではないことを思い出させてくれます。 対処すべき構造的問題は多数あっても,そこには常に感情が関与しています。プライドや興奮,楽しみといったポジティブなものだけでなく,困惑,不安,恐怖などのネガティブな感情もあります。どちらの感情のカテゴリも同じコインの両面であって,変化のプロセスにおいては典型的な現象です。
このような視点で見るならば,権限の委譲がほとんどの場合において,マネジメントとチーム双方に相応の葛藤を感じさせるものであることも意外ではありません。どの場合でもそうですが,私たちが人々に対して彼らが自尊心を持っているもの(役割,責任,リソースなど)を疑問視すれば,驚きや困惑を感じる人もいるのです。変更管理の先駆者であるDoppler氏やLauterburg氏が示すように,変化の最初の段階においては,3つの基本的な疑問が存在しています。
私に必要なのか? 自己組織化チームが必要な理由を理解できているでしょうか? チームにとってこれは義務なのでしょうか,他に選択肢はあるのでしょうか? 自己組織化に何が期待できるのでしょうか?
私にできるのか? 自己組織化の意味するものを,私たちは扱えるのでしょうか? 自己組織化に必要なスキルをすべて備えているのでしょうか? 良い結果を得られる可能性はどれ程でしょうか?新たな条件の下では,成功とみなされるのは何でしょうか?
私が望むことなのか? 自己組織化に意義はあるのでしょうか? 何の得があるのでしょう? 何かを失うリスク – お金,人間関係,キャリアの可能性 – はないのでしょうか? 変化から何かを得られると期待してよいのでしょうか?
“改革には大賛成なのです。しかし,なぜ変わらなければならないのですか?” ある運用チームのメンバが,自己組織化プロセスに対して多くの人々が感じている葛藤を指摘しました。これらのプロセスを安易に押し付けてはなりません。最初の段階から,プロフェッショナルな推進と変更管理が必要です。
- 重要な情報 — なぜ自己組織化なのか?
- 明確な期待 — どのように成功を判断するのか?
- プロフェッショナルな推進 — どのように変革を導くか?
- トレーニングとコーチング — 何を知って,何を行うことが必要か?
結論
私たちの世界の中で,変化は日常的であること,“ビジネス的アジリティ” が必要であることを見てきました。組織を運営する上で,古い地図はもはや役に立ちません。体系的思考に基づいた,新たな地図が必要です。知識労働者に対して権限を委譲して自立性を認めることは,彼らの関与を取り戻し,維持するために不可欠なものです。コーチあるいはリーダの指導で自己組織化されたチームは,新たな運営システムの中心的存在になります。
自己組織化チームが必要かつ望むものであることに合意できたならば,その実現にはどのようなスキルが必要なのか,熱意あるリーダたちがそれをどうやって会得するか,といったことの解決が次の課題です。このシリーズの3番目となる最後の記事では,“優れた自己組織化チームとは何なのか?” を探求します。
参考資料
- Ackoff, Russell L. (1986). Management in Small Doses. Wiley.
- Beyond Budgeting Round Table | Beyond Budgeting Institute (2013).
- Deloitte Center for the Edge | The Shift Index (2013).
- Denning, Stephen (2010). The Leader´s Guide to Radical Management: Re-inventing the Workplace for the 21st Century. Jossey-Bass.
- Doppler, Klaus & Lauterburg, Christoph (9th Edition, 2000). Change Management: Den Unternehmenswandel gestalten. Campus Verlag. [in German].
- Drucker, Peter (2001). Management Challenges for the 21st Century. HarperBusiness.
- Hackman, J. Richard (2006). Leading Teams: Setting the Stage for Great Performances. Harvard Business Press.
- Hope, Jeremy, Robin Fraser (2003). Beyond Budgeting: How Managers can Break Free from the Annual Performance Trap. Harvard Business Review.
- Katzenbach, Jon R. and Smith, Douglas K. (2002). The Wisdom of Teams: Creating the High-Performing Organization. Collins.
- Wheatley, Margaret J. (2006). Leadership and the New Science. Berrett-Koehler.
著者について
Sigi Kalteneckerは,ウィーンでLoop Consultancyの共同マネージングディレクタを務め,個人やグループ,企業を対象に,プロフェッショナルとしての課題克服を支援しています。氏は認定スクラムマスタでカンバンコーチングプロフェッショナルであり,PAMの共同編集者です。共同執筆した書籍 “Kanban in IT: Creating a culture of continuous improvement” は,2015年に英語版の発刊が予定されています。連絡は@sigikalteneckerまで。
{1/}Peter Hundermarkは認定スクラムコーチでトレーナであり,{2}Scrum Sense{/2}ではカンバンコーチを務めています。氏は組織開発や変更管理,リーダシップ開発を中心として,実務の世界にアジリティを導入するための支援を行っています。“Do Better Scrum” の著者でもあります。連絡は@peterhundermarkまで。