リーンプロダクト開発にアジリティを加えることで、Toyota Connectedでは、より早いデリバリ、より高い品質、より低いコストの実現を可能にした。Nigel Thurlow氏は、Lean Digital Summut 2018で"Lean is NOT enough"と題して講演し、コロケーションチームやアウトソースチームにおけるアジャイルの実践方法、ポートフォリオ計画をエグゼクティブ優先モデルにすることによるビジネスアジリティの向上,などについて話した。
ユーザニーズがかつてないほど急速に変化して,MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)へと移行している今,4年の開発ライフサイクルは遅すぎる,とThurlow氏は言う。リーンとJidoka("自動化",人手を介したオートメーションによる高品質の構築)とJIT(ムダの排除)という2つの柱を越えて,自動車業界におけるかつてない技術変革の世界を理解することが必要だ。"私たちは製品を正しい方法で作っています。ですが,私たちは自問しました - 私たちは,正しい製品を作っているのだろうか?",と氏は言う。
よりフレキシブルであること,適応性があること,敏捷であることはもはや必須であって選択肢ではない,とThurlow氏は主張する。Toyotaには,リーン製品開発にアジリティを加える必要があった。"私たちはベストを尽くしてアジャイルを学び,Toyotaが数十年を経て作り上げたリーン思考を合わせることで,現在Scrum The Toyota Wayと呼んでいるアプローチを確立しました",とThurlow氏は言う。チームの全メンバが正式なトレーニングを受け,さらに製品開発チームから独立したスクラムマスタとコーチからなる専門チームによって,職場でのコーチングが行われた。コーチはチームに籍を置くが,部外者として報告することで抑制と均衡(checks and balances)を保証する。
Toyota Connectedでは,さまざまな状況下で機能するように同社が開発あるいは選別したテクニックやツールのパターンライブラリを構築している。Toyota Production Systemの改善に終わりのないように,Scrum The Toyota Wayは無限に進化する,とThurlow氏は言う。
アジャイル転換というものは存在しない,というのが氏の主張だ。アジャイルは結果であって,目標ではない。企業は顧客に対して,より多くの価値を提供できるように変わらなければならない。その結果としてアジャイルになるのだ。ツールや用語の採用だけでは大して役にたたない,と氏は言う。
InfoQでは要約や記事、Q&AでLean Digital Summit 2018について伝えている。Toyota Connectedでアジャイルのチーフを務めるNigel Thurlow氏に,講演後に話を聞いた。
InfoQ: アウトソーシングに対して,どうのようにアジャイルやスクラムを適用するのでしょう?
Nigel Thurlow: コロケーションやインソーシングが理想であることは事実です。私たちはまだアウトソースを行っています。場合によってはそれが賢明かつ必要なのですが,アプローチを進化させる必要がありました。アウトソースチームの一部は実際にはオンサイトで一緒に作業をしているのですが,他のチームはグループ全体として同じ遠隔地に配置されています。価値を迅速に創造するためにはコミュニケーションが重要なので,物理的に同じ場所にいることが理想的です。ですから,チームの分断化だけは避けるようにしています。
オフショアで作業しているチームもたくさんあります。グローバルな開発企業である以上,これは避けられません。アプローチとしては,コミュニケーションによる遅延を最小限にするため,各ロケーションに完全なデリバリ組織を構築するようにしています。さまざまなパターンを使用することで組織間のコミュニケーションを可能にして,それぞれのグループの連携を実現しているのです。
InfoQ: ビジネスのアジリティには何が求められるのでしょう,それは資金調達や契約にはどのように影響するのでしょうか?
Thurlow: 根本的な変化は,資金の提供対象がプロジェクトからキャパシティへと移行したことです。つまり,デリバリのキャパシティとスキル的な能力を確立して,それに対して毎年資金を提供するのです。キャパシティは変化する可能性がありますし,実際に変化するのですが,安定して利用可能です。
当社ではポートフォリオ計画を発展させて,キャパシティに到達するまで,デリバリチームにどのような作業を実施させるべきかをレビュー可能な,エグゼクティブ優先モデルとしています。キャパシティの使用状況を実証的に監視することで,需要に見合うように調整することが可能になります。ただし需要は常に供給能力を上回るものですので,堅牢性を持った優先順位付けアプローチは不可欠です。
当社では毎週,エグゼクティブレベルで優先順位をレビューしていて,重要な指標から必要と判断される場合には,それを変更しています。場合によっては,他でより大きな価値が必要であると判断して,活動を一時停止ないし中止する場合もあります。このような場合にも,アウトソーシングは便利なツールになります。
もうひとつの大きな変化は、固定入札アプローチからの脱却です。ほとんどの組織は、コストと時間に制約を持っています。ひとつは予算によるもの、もうひとつは、約束された期限までに製品を提供するという市場へのコミットメントによるものです。これによって、現実的にあなたが引くことのできる、残されたレバーはただひとつになります。ある程度の予算や時間の柔軟性はあるかも知れませんが、現実的には、作業の範囲を管理することが、最もアジャイル化しやすい部分です。この部分は、前述したように優先順位を調整することで、あるいはプロダクトのリリース時期や開発全体を調整することで、ポートフォリオのレベルにすることが可能です。アジリティで重要なのは、顧客や利害関係者との継続的なコミュニケーションであり、製品のデリバリを成功させるために何を調整するのかを、彼らにも判断できるようにすることです。結局のところ、十分な価値が提供されているかを判断するのは、彼らが最も適役なのではないでしょうか?
固定入札に制約されるということは、多くの場合、時間と予算を使い尽くすことになります。100パーセントのスコープを期限通り提供することに固執すれば、必然的に望ましくない結果を貪欲に求めることになります。"やり遂げる"ための競争に夢中になっているうちに,私たちは,リーンの重要な柱の場所である品質を忘れ始めているのです!レベル1の欠陥はレベル2に,レベル2はレベル3に,というようになっていきます。やり遂げるためのレースは,"問題を先送りする(kick the can down the road)"という,非生産的な行動を生み出します。
アジャイル契約の必要は現実的かつ喫緊なもので,スプリント単位の価値評価(per sprint pricing)のようなモデルは,その有用な出発点となります。
InfoQ: アジャイルはToyotaに,どのようなメリットをもたらしましたか?
Thurlow: 従来よりもはるかに早く,高い品質で,コストを削減したデリバリが可能になりました。プロダクトは以前よりもユーザニーズを満たしています。アジャイルによって,実際のユーザとの距離を縮めることができました。
チームメンバが協力的に作業することで,従来の組織にあったサイロやバリアを打ち破ることができました。
役員や上級リーダもこれまで以上に積極的に取り組んでいて,アジャイル組織としての成功を実現させるため,デイリーミーティングにも参加しています。
管理階層がフラットになって,意思決定が迅速になりました。
ユーザ第1という当社の創業理念に近づくことができたのが,大きな収穫です。
InfoQ: アジャイルを導入する過程で、どのようなことを学びましたか?
Thurlow: どのような組織でも変革は困難であり,組織が大きくなるほど難しくなります。政治的な問題や人の行動を解決することが,アジャイルを可能にする組織的変革を成功させる上で大きな面を占めています。それが重要なポイントです。
もうひとつの面で,私が力を入れているのは,経営幹部のリーダシップによる関与がなければ成功のチャンスは大きく低下する,ということです。関与とは参加することであって,褒めたり,監視したり,口をはさむことではありません。これがToyota Connectの大きな成功要因のひとつでした。
最後に言いたいのは,"すべてのサイズに合った"アプローチは存在しない,ということです。アジャイルとは,顧客のニーズや急速に変化する市場に対して,より迅速に対応することです。その持つ意味は人それぞれですから,自身にあったツールやプロセスを定義し,それらに従うことが必要です。それを確実にする最善の方法は,経営幹部自身がそのプロセスに従うことです。何かを実行するように指示するよりも,積極的なリーダシップを通じることでプロセスをより強固なものにするのです。